モノで釣れ!教育が清らかである必要はないと思う

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1年前くらいに話題になった「東大合格者に100万円あげる高校」の話を知ってますか?

この記事に載ってます。

「東大合格なら100万円」市長が批判に反論 〈週刊朝日〉|dot.ドット 朝日新聞出版

 

読むのが面倒くさいって人にざっくり説明すると

 

進学実績の悪くなってきた鹿児島の高校が「東大などの難関大合格者には100万円あげるよ〜」っていう苦肉の策を出したのに対して世の中の人たちがすごく反対したって話です。

 

あの尾木ママも「史上最悪の愚策」と罵りました。

 

これは地方の過疎化の話も絡んでくるんですが、その話は置いといて…

 

今回言いたいのは何かモノ(お金とか)をもらうために勉強するのがそんなに悪い事かってこと

 

 

 

僕の家の変な制度

僕は中学受験をしたので小学生の時は塾に通ってました。

小学校の時に勉強する理由ってたぶんほとんどの人が親を喜ばせたいってことだと思います。単純に勉強が好きだって人もいるかもしれないけど。

 

僕の家には定期的なお小遣いがない代わりに、何か頑張ればご褒美としてモノを買ってもらってました。

 

特にこの制度が顕著だったのが塾のテスト。

定期的に行われる学力判定テストでとった成績に応じてゲームがもらえました。

            1位=ゲーム10個

            2〜4位=3個

            5〜7位=2個

            8〜10位=1個

って感じで。

 

ちなみにうちはめちゃくちゃ裕福ってわけではないです。その証拠に真ん中の兄が1位を取った時に両親はパニックになってましたww

 

僕はゲームのために勉強した

小二でメガネをかけていたほど僕はゲームが大好きでした。

だからこの制度は僕の勉強のモチベーションをとにかくあげた。

 

でも良い順位をとってゲームをもらってもまた新しいゲームが欲しくなる。

だからまたちゃんと勉強する。

この頃から遊びと勉強のバランスが取れてました。

遊びが勉強を加速させ、勉強が遊びを加速させる。

車の両輪みたいに一緒に進んでた。

 

途中から何かが変わった

ゲームをもらうために勉強してると順位はどんどん上がった。

すると思った。

 

「俺頭良いんじゃねぇの?」

 

この頃から良い順位をとることが楽しくなり勉強自体が楽しくなりました。

 

勉強する=ゲームがもらえる=楽しい

 

だったのが

 

勉強する=楽しい

 

に変わった瞬間だった。

 

何かを得るために一生懸命になる人を否定する権利なんて誰にもない

何かを得るために頑張る人を否定する権利なんて存在しない。たとえそれが金であってもゲームであっても。

何のために頑張ろうと人の勝手だ。

お金を得るために一生懸命働く人をバカにする人はいない。

 

なぜ教育においてはダメなのか

教育は汚されてはならない聖域だって考えてる人が多すぎる。

成績が上がるなら何のためだっていいじゃない。

でももしお金やゲームのために勉強してたとしてもどこかで変わるんじゃないかなぁ。

僕みたいに。

 

<モノで釣る>は正義だ

何のために勉強したって構わない。

大学のネームブランドが欲しい(←僕はコレ)、モテたい、親に褒められたいetc

 

最後はきっと自分のために勉強するようになるから。

そうじゃなくても勉強は自分のためになる。

みんな勉強しよう。

止まらずに。